東京地方裁判所 昭和32年(ワ)6165号 判決 1961年5月31日
平和相互銀行
事実
原告平和相互銀行は請求原因として、原告は昭和二十七年七月二十日訴外東邦キヤツシユレヂスター株式会社(以下東邦レヂスターと略称)及び小川盛喜(東邦レヂスター代表取締役)との間に各月掛相互掛金契約を締結し、同年八月小川は個人及び東邦レヂスターの代表取締役の資格を兼ね、原告に対し右二件の掛金契約に基いて計金一千五百万円を限度とする中途給付の申込をなした。その際同月二十日被告株式会社松屋は、右融資に基いて融資が成立したときは、該給付金の弁済に関する原告と右債務者間の取決めに従い、被告が小川に対し支払うべきレヂスター購入代金の内から金一千五百万円を限度として原告に対し弁済金として支払うことを約した。被告会社の右行為は法律上保証債務であり、仮りにそうでないとすれば第三者(被告会社)の弁済契約である。
ところで原告は、被告の右保証を信用して東邦レヂスターへ昭和二十七年八月二十五日金五百万円、同年九月二十五日金百万円、同年十月二十三日金百万円、同年十一月十四日金三百万円、小川盛喜には同年八月二十五日金五百万円、以上合計千五百万円を中途給付として貸与した。右融資に関する弁済方法は既払掛金額を差引き、東邦レヂスターに対する分は同会社との月掛相互掛金契約により昭和二十七年八月二十五日の五百万円の分は同年九月より一カ月金二十五万円宛十八回に、同年九月二十五日の百万円の分は同年十月より一カ月金五万円宛十七回に、同年十月二十三日の百万円の分は同年十一月より一カ月金五万円宛十六回に、同年十一月十四日の三百万円の分は同年十二月より一カ月金十五万円宛十五回に、又小川盛喜に対する五百万円の分は、同人に対する月掛相互掛金契約により同年九月より一カ月金二十五万円宛十八回に、何れも未払込掛金の払込を完了して決済すべく、その払込を遅延したときは百円につき一日金五銭の割合による延滞損害金を支払うこと、若しその支払を怠りその額二回分に達したときは当然分割払の利益を失い未払込掛金の総額を一時に払込むべく、右東邦レヂスター及び小川は互に連帯保証債務を負担する旨の約定をなした。然るに、右東邦レヂスター及び小川盛喜は夫々昭和二十八年五月分までの各掛金の払込をしたが、同年六月分以降払込を怠り、その回数各二回以上に達したから前記約旨により分割払の利益を失い、残額(東邦レヂスターの分元本金四百五十万円、小川盛喜の分元本金二百二十五万円及び各その延滞損害金)を一時に支払う義務を生じた。そのため原告は各主債務者、連帯債務者に対し催告及び強制執行をなしたが、その結果小川盛喜の分は昭和二十九年二月末日までの延滞損害金を入金したのみでその以外入金がないから、原告は被告会社に対し、前記契約に基く履行を求める、と主張した。
被告株式会社松屋は答弁として、被告の銀座本店営業所は戦災を受け、補修の上開店準備中昭和二十一年始めP・Xとして接収され、レヂスターも同時に接収された。然るに昭和二十七年九月漸く接収解除となる見通しがついたので、百貨店として必要なレヂスターを購入することとし、被告は東邦レヂスターから昭和二十六年八月十日十四台、昭和二十七年一月十八日三十台の購入契約を締結した。なお、当初の案では二千号レヂスター五十台、六千号レヂスター二十台購入の計画が出されたのが、夫々二十台十台と取締役が稟議において各削減したのである。しかしてその代金は昭和二十七年四月二十四日まで数回に分割して東邦レヂスターに支払つたところ、右のように削減されたレヂスターは、被告の本店と同じくP・Xとして接収されている横浜支店営業所がその後接収解除の見通しがついたので、さらに近い将来これを購入する計画にあり、レヂスター購入担当社員高安昇及び資金支払担当の経理課長松井善一郎はこのことを承知していた。ところで原告が主張する契約というのは、右松井が小川盛喜の申入に対し、将来レヂスター購入代金を東邦レヂスターに支払うべきときは、これを原告の貸付金に対する弁済に充当する処置をとる旨の念書に調印したものであるから、原告の主張するように保証又は第三者の弁済契約ではない。しかも右のような処置は支払担当者たる松井の責任で履行できるのであるから、右念書は松井が被告の了解を得ず勝手に作成したものである。しかも右念書差入後被告は東邦レヂスターからレヂスターを購入したことはないから、被告は東邦レヂスター又は小川に支払うべき債務がなく、殊に小川からレヂスターを購入したことは全然ないから、前記念書に基く原告の請求権は発生しない。
又、原告の表見代理及び不法行為の主張に対しては、本件松井には何ら不法行為がなく、仮りに松井に不法行為がありこれがため原告が損害を蒙つたとしても、それは原告の重大な過失のみによつて生じたものであるから、賠償請求権は発生しない、仮りに然らずとしても、損害額を定めるについて斟酌さるべきであると抗争した。
理由
証拠によれば、原告は昭和二十七年七月二十日訴外東邦レヂスター(代表取締役小川盛喜)及び訴外小川盛喜との間に各月掛相互掛金契約を締結し、同年八月小川は個人及び東邦レヂスターの代表取締役の資格を兼ね、原告に対し右二件の掛金契約に基き計金一千五百万円を限度とする中途給付の申込をなし、原告はこれに応じて東邦レヂスター及び小川に対し夫々原告主張の日時原告主張の金員合計金一千五百万円を原告主張のような特約付弁済方法、右両名は互に連帯保証債務を負担する旨の約定で給付をなしたことを認めることができる。
原告は、右給付金返還債務について被告は原告対右債務者間の取決めに従い原告に対し保証をしたか又は被告が右債務者等に代り弁済する契約をなした旨主張するので、先ず右原告主張の契約の存否について判断するのに、証拠を綜合すれば、被告の銀座本店々舗は終戦後進駐軍のため接収され、P・Xとして使用されていたが、昭和二十七年九月接収解除となり被告の店舗として開業し得るに至つたのであるが、百貨店営業を開始するに必要な金銭登録機(レヂスター)を補充する必要に迫られ、東邦レヂスターより同会社が米国より輸入した中古のナショナル金銭登録機十四台(価格合計六百三十万円)を昭和二十六年八月九日、次いで同三十台(価格合計千三百五十万円)を昭和二十七年一月十八日各買い受け、右代金合計千九百三十五万円は昭和二十七年四月二十四日までの間に支払を完了したが、東邦レヂスターはその後更に前記金銭登録機五十台を輸入し被告銀座店舗の倉庫に預けて置いたところ、その引取代金がなく、これに充てるため小川盛喜は原告に交渉し、東邦レヂスター及び小川のため金千五百万円の借入方を申込み、その支払を担保するため小川及び原告の審査課長田中三郎等は被告の営繕課長高安昇、経理課長松井善一郎等に対し、被告が右借入のため保証をなすことを求めたが、その承諾を得るに至らなかつた。しかし小川は、右借受の目的を達するため形式的でもよいから被告から原告に保証書を差入れて貰いたい旨懇願したので、右高安、松井等としては、当時その横浜支店営業所が接収解除の見通しが立ち、近い将来右在庫中のレヂスターを購入する計画もあつたので、保証することはできないが、将来レヂスター購入代金を東邦レヂスター又は小川に対し支払うべきときは原告の同人等に対する債権の弁済として直接原告に支払うことは被告の経理課長たる松井の一存で操作できることなので、その旨の保証書を原告に差入れることなら差し支えない旨答えたところ、小川、田中等もこれを諒承したので、松井は昭和二十七年八月二十日被告代表者にはかることなく、被告代表者名義で右借受金額の内金一千五百万円までについては被告が原告に対し借受金の弁済として支払う旨を記載した保証書(末尾添付)を作成し、これを小川を通じて原告に交付した事実を認めることができる。原告は、被告が原告に前記保証書を差し入れたのは、東邦レヂスター及び小川の給付金返還債務について原告対右債務者間の取決めに従い保証をしたか又は被告が右債務者等に代り弁済する趣旨の下になされた旨主張するけれども、前記認定を覆して原被告間に原告主張のような契約が成立したことを認めるに足る証拠はない。
次に、被告が東邦レヂスター乃至小川との間に右契約成立後レヂスター代金支払債務を負担したか否かについて判断するのに、被告が以前東邦レヂスターより買い受けた前記レヂスター合計四十四台の代金合計金千九百三十五万円は前記のように本件契約成立前たる昭和二十七年四月二十日までの間に全部支払を完了したが、右契約成立後被告が東邦レヂスター又は小川からレヂスターを買受け代金債務を負担した事実はこれを認めるべき証拠はない。してみると、被告は右契約成立後は東邦レヂスター又は小川に対し支払うべきレヂスター購入代金支払債務を負担しないのであるから、原告の右契約を原因とする本件請求は失当たるを免かれない。
そこで更に原告の不法行為の主張について判断するのに、原告は被告の経理課長松井善一郎が被告名義の保証書を偽造して東邦レヂスター及び小川の原告よりの給付金につき保証をなす如く装い原告をして給付金名義の下に前記金員を騙取した旨主張するけれども、右原告主張のような松井善一郎の不法行為成立の事実は、原告の提出援用の証拠を以ては未だこれを認め難く、却つて前記認定のように、松井の保証書差入の事情は前記のとおりであつて、原告においても右事情はこれを諒承していたことを窺うことができるから、被告に対する不法行為に基く請求も亦理由がない。
以上のとおりであるから、原告の本訴請求は他の判断をなすまでもなく失当である。
(注 本件保証書)
今般貴行に対し金壱阡五百万円也の融資の申込をせる小川盛喜は当社と密接なる関係ある取引人にして、右金額が小川盛喜に対し融資が成立した場合は、この融資に関する貴行と小川盛喜との取り決めの条件に基き、当社が小川盛喜に対し支払うべきレヂスター購入代金の内より金壱千五百万円也を貴行に対し返済金として充当お支払い致すべく確約致します。
右保証致します。
昭和二十七年八月二十日
株式会社 松屋
取締役社長 古屋徳兵衛
株式会社平和相互銀行殿